クレステンスン:Inger Christensen (1935 - 2009)

オススメの作品は?

何と言ってもSommerfugledalen - et requiem (『蝶の谷-レクイエム』: 1991)です。『蝶の谷』は古典詩のソネット形式に則って書かれています。この詩はもともと14行からなる親ソネットがあり、その親ソネットの各行が一旦解体され、新たな子ソネットが14編生み出されたと言われています。詩人クレステンスンは蝶の生態になぞらえ、自然そして生きとし生けるものの絶えざる円環的生の営みをこの詩の中に見事に創出したのです。詩訳は『デンマーク語で四季を読む』(2014:渓水社)のエピローグに掲載しました。一度読んでみてください。

Inger Christensen の作品に触れることになったきっかけは?

この詩が刊行された年、私はちょうどデンマークのコペンハーゲン大学に留学していました。以前からクレステンスンはフィボナッチ数列など、数の体系を詩の形式に取り入れ、斬新性に富んだ詩,Det(『それ』:1969)やAlfabet(『アルファベット』:1981 )などで世間の注目を浴びてきていたので、新たに発表された詩『蝶の谷・レクイエム』に世間は一瞬驚きを隠せなかったと思います。タイトルからは一見,蝶の乱舞する谷を思い浮かべ,同時に甘美な雰囲気を湛えた抒情詩を連想し、ソネットという古典的な詩型もその想像を助長させるからです。でも実際に読みはじめると、蝶をめぐって非伝統的な形象が次から次へと現れます。それらはすこぶる隠喩的で、読者の眼前にはさまざまなイメージが交錯し、一つにまとまることがありません。それどころか,ときにそれらのイメージは相反し合うのです。この作品が1990年代の新たなモダニズムを象徴する詩として絶賛され始めたとき、私はまさにフィンランド系スウェーデン人の詩人スーデルグラン(Södergran 1892-1923)に出会ったばかりでした。クレステンスンの詩にまさに北欧モダニズム詩の先駆けとなったスーデルグランの詩の陰翳を見た気がしました。

Inger Christensen 自身によるSommerfugledalen の朗読
(4:00 頃から)