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ニルスン:Morten Nielsen (1922 - 1944)

オススメの作品は?

デンマークで一番好きな詩人を一人選んでくださいと言われれば、間違いなく彼の名をあげるでしょう。しかもニルスンとは呼ばず、彼だけはフルネームで呼びたい。モーデン・ニルスンと。夭折の詩人です。ドイツの占領下のレジスタンス運動に関わっていたさなか、わずか22歳で命を落とします。銃で処刑されたとも、また自死を遂げたとも言われ、彼の死は謎に包まれたままです。生前上梓されたのはただ一冊、Krigere uden Vaaben(『武器なき戦士たち』1943)。この中の“Foraarets Horisont”(「春の地平線」)という短い詩が私の一番好きな詩です。Verden er vaad og lys- / Himlen er tung af Væde... / Hjertet er tung af Lykke, / Lykkeligt nær ved at græde.「この世は濡れ輝き/天は雨水に垂れ込める…/こころに幸せの重石がかかり/涙するほど嬉しきかな」レジスタンス運動に加担した詩人と言うと、具体的な反戦詩を彷彿とさせますが、彼の詩は戦争そのものがテーマになっていることはほとんどありません。どの詩にも「生の哲学=実存」を問う詩人の深い死生観がみてとれます。戦争という冬の時代のまっただ中で死に抗い不安に怯えながら、その慄きを鎮め幸せを希求する気持ちを、デンマークの濡れ輝く美しい春に託した詩。詩壇に華やかに登場することは生涯ありませんでしたが、20世紀のデンマーク文学史上もっとも記憶に留められる詩の一つと言っても良いと思います。

この詩をKさんは短歌にしてくださいました。

霞たち地は潤ひて輝ける恵みの春こそ泣かまほしけれ

ニルスンの作品に触れるきっかけは?

1988年から1991年にかけて2年半ほどコペンハーゲン市内の学生寮に暮らしていた時期がありました。その寮の1階のホールには中央入り口を挟んで両側に5メールほどのガラス書棚が置かれており、寮の創設者Hagemannの遺した様々なジャンルの本がアルファベット順に並んでいました。親しくなった同寮生がニルスンの詩集を見つけて私に薦めてくれたのがきっかけです。今でこそ彼の詩集は処女詩集も選詩集も、また電子書籍としても入手可能ですが、当時はとうの昔に絶版となった『武器なき戦士たち』を手に入れるのは至難の技でした。ただ今と違いコペンハーゲン市内には数多くの古書店があり、一軒一軒古書店を訪ね歩くのが平日の夕方、あるいは週末土曜日午前中の楽しみでしたから、さっそく彼の詩集を探し求めて歩き回ったのです。しかし一向に見つかる気配はありませんでした。一年以上経って、ようやく友人が故郷のユランの田舎にある小さな古書店で見つけたといって持って帰ってきてくれたときの嬉しかったこと! その後、遺稿集Efterladte Digte(『遺稿詩集』1945)も初版版を手に入れることができました。彼の詩は決してセンチメンタルではありませんが、私とニルスンとの出会いはかなりセンチメンタルな思い出です。

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