中学生が作成した Peter Seeberg についての紹介ビデオ。(紹介されている作品は、Bipersonerne, Hullet, Ved havet です。)

スィーベア:Peter Seeberg (1925 - 1999)

オススメの作品は?

短編小説の “Patienten”(「患者」1962  Eftersøgningen『探索』所収)です。この作品は『デンマーク語で四季を読む』(2014:渓水社)の中にも収録しました。一人の患者が自らの身体部位を一つずつ失い、その度に人工臓器に取り替えられていきます。最初は義足、義手といった一般的な人工器具から次第に肺や心臓の臓器移植に事は進展します。ついに脳移植の段階まできたとき、その患者は自己問答を繰り返します。他人の脳が移植されると、人の記憶は、そして考えてきたことは誰のものなのだろうか、さらにいま考えている事、いま感じている事は誰のものなのだろうかと。ストーリーはいたって非現実的でユーモアさえ感じさせるような文体です。どこかしらマスン(12月13日に紹介)の作風に似たようなところがあります。この作品が発表された60年代はすでにアメリカでは臓器移植が行われていましたが、その臓器移植に関連して脳死は人の死であるか?という議論が、文学の世界においても倫理問題として取り上げられていた時代でした。

スィーベアの作品に触れるきっかけは?

スィーベアの名前を知ったのはサアアンスン(Villy Sørensen)やリフビェア(Klaus Rifbjerg)らとともに1960年代デンマーク・モダニズム文学の旗手として活躍した作家で60年代文学史にその名がよく挙がっていたからです。最初はサアアンスンの物語に惹かれてサアアンスンばかりを読み、あまりスィーベアの作品を読む機会は訪れませんでしたが、留学時代にどうしても期末レポートを両者の比較で書かざるをえなくなり、意を決して代表作の長編小説Fugls føde(『鳥の餌』1957)を読みました。正直言うと、読んだのが30年近く前であまりよく覚えていません(汗)たしか主人公が友人から「現実の話を小説に書いたら金をやる」と言われ、お安い御用と引き受けたものの実際に何が自分にとって「現実」なのかが分からなくなり途方に暮れる話だったと思います。文体はそれほど難しくないのですが、結構悪戦苦闘して読んだような記憶があります。つまり60年代流行りの「自己のアイデンティティ追求」の物語です。最初のオススメの短編は、文体は結構硬いですが、こちらはペーパーバック版で7ページほど、テーマも今なお色褪せず面白いですから是非手にとってみてください。