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Edvard Munch

​エドヴァルド・ムンク

 さて、今夜ご登場願うのはエドヴァルド・ムンク(Edvard Munch, 1863-1944)です。

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​「叫び」(1893)

 この絵を知らない方は、まずいないのではないでしょうか。そう、ご存じ、ムンクの「叫び」です。

 現代美術の中でも、この絵の知名度の高さは5本の指に入ると思います。コメディ映画や漫画にパロディが多くみられるのも、この絵が広く知られている証でしょう。「😱」の絵文字を見るとこの絵を思い出す方も多いのではないでしょうか😱😱😱

 ムンクの作品は暗く重苦しいものが多く、一見して親しみやすいとは言えません。この「叫び」がこれほど大衆的な人気を獲得していることに、困惑している美術評論家も少なくないようです。

 確かに、ムンクの絵は決して見ていて心地の良い絵ばかりではありません。しかし同時に素通りできないインパクトがあり、なんども目に触れるうちにだんだんと愛着が湧いてくる...という印象が、少なくともこの「叫び」にはあると思います。

 ムンクはどのような人だったのでしょう。

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​「自画像」(1881-82)

19歳のころに描かれた最初の自画像です。

​ エドヴァルト・ムンクは1863年、ノルウェーの首都クリスチャニア(現オスロ)から少し離れたレーテンという村で、軍医の父とまだ若い母のもとに生まれます。エドヴァルトが生まれてすぐ、一家はクリスチャニアに引っ越しています。

 ちなみにこのころはまだノルウェーはスウェーデンの統治下にあり、独立したのは1905年のことです。クリスチャニアという名もスウェーデン国王にちなんでいます。

 一家は貧しく、また病気がちでした。5歳のときに母が結核で死去、その後14歳のときに姉ソフィーエが同じく結核で死去しています。身体の病気だけでなく、精神的に病むものも多く、ムンク自身も虚弱体質だったうえ、精神病に苦しみました。

 自分と家族の病い、死はエドヴァルドに大きな衝撃を与えました。一方で、この「病い」「死」そして精神的な「不安」が彼のアイデンティティにもなっていきました。「生に対する私の恐れは病気とともに私には必要なものだ。不安と病気なしには、私は櫂のない舟のようなものだ」という言葉も残しています。

 家族仲は良かったようで、ムンクの描いた家族の肖像からは愛情が感じられます。また、家族をモデルとして描いた絵も残しています。

​ ムンクは一度は工業専門学校に入学しますが、17歳のころに画家になる決意を固め、母替わりであった叔母カレンの支援のもと王立美術学校に入学しました。

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​「長椅子のクリスチャン・ムンク博士」(1881)

​父親のクリスチャン。とても神経質で信心深かったそうです。

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​「海辺のインゲル」(1889)

​末の妹のインゲル。彼女はムンクの身内としてはもっとも長命で、84歳まで生きました(1952年没)。

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​「メランコリー」(1900-01)

​4歳年下の妹ラウラ。幼いころからうつ病に苦しんでいました。

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​「母と娘」(1897-99)

​右の女性のモデルは叔母のカレン・ビョルスタッド。左の女性はインゲルです。

​ ムンクの方向性を決定づけたのは、21歳のときに参加した「クリスチャニア・ボエーム」という前衛芸術家のグループでした。「ボエーム」とはボヘミアンのことで、社会的因習・規範(キリスト教的価値観を含む)に囚われないアウトサイダー的な存在、特に芸術家のことを指します。

 クリスチャニア・ボエームの中心的な人物だったのが作家でアナーキストのハンス・イェーゲルで、ムンクは彼から大きな影響を受けました。

 イェーゲルが前衛雑誌に発表した「九戒」(モーゼの十戒をパロディ)はなかなかに過激です。

(1)汝の人生を記すべし。

(2)家族との絆を断つべし

(3)家族や年寄りはいくら虐待してもかまわぬ

(4)5クローネより少額は借りるべからず

(5)ビョルンスチェーネ・ビョルンソン※1のごとき田舎者は憎み、軽蔑すべし

(6)セルロイドのカフス※2は用いるべからず

(7)クリスチャニア劇場では騒ぎを起こすべし

(8)後悔してはならぬ

(9)自らの命を奪え

※1 ノルウェーを代表する作家のひとり。ノルウェー国歌「我らこの国を愛す」の作詞をした。1903年ノーベル文学賞受賞。

※2 保守的小市民の象徴だった。

 なかなかに「いきってる」感じのする「九戒」ですが、旧態依然とした伝統や因習を重んじる空気に対するいら立ちや鬱屈を

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​【参考資料】

Jönköping museum

https://jonkopingslansmuseum.se/lar-och-upptack/kategori/john-bauer/

※バウエル作品を最も多く収蔵しているJönköping美術館のHP。バウエルについての記事が上記ページにまとめてあります。

Visit Småland

https://www.visitsmaland.se/sv/upplevelser/kultur-och-historia/john-bauer

スモーランド地方の観光情報サイトVisit Smålandのバウエル特集記事です。

Litteratur Banken

https://litteraturbanken.se/f%C3%B6rfattare/BauerJ