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ハンスン:Martin A. Hansen (1909 - 1955)

オススメの作品は?

やはりハンスンの代表作、Løgneren(『嘘つき』:1950)を挙げたいと思います。これはラジオドラマが土台となっています。作品の舞台はSandø(sand & ø=真実島)という架空の島です。この島の教会書記と教師を兼ねている主人公Johannes Vig(元はJohannes Svig= ヨハネスの裏切り)の日記における一人語りで物語は進行します。

Vigは外面的には敬虔なキリスト信者、そして教育者として、絶えず島の人を支え、島の若者たちに倫理観と人生の価値観を説く立場にあり皆から信頼されています。しかしながら彼自身の中では「倫理観と本能的欲望」、「信仰と疑念」、「愛と裏切り」の間を激しく行き来し自己葛藤を繰り返しています。それは彼の二人の女性に対する愛の形においても表現されていきます。

本能→道徳→信仰への道筋はまさにキェルケゴールの説いた実存の三段階「美的実存→倫理的実存→宗教的実存」をハンスンが現代小説の形で再現しているとも言えます。戦後、人間の生き方を「実存」に深く根ざすものとしてとらえ直した、デンマーク実存主義文学の代表格とも言えるのではないでしょうか。この小説を読み直すたびに、私はなぜか夏目漱石の「こころ」を思い出します。

Martin A. Hansen の作品に触れることになったきっかけは?

『北欧文学作品集』(東海大学出版会1976年)に収録されている短編「パラダイスりんご」(”Paradisæblerne”)を読んだのがきっかけでした。この時は、ほとんど印象に残らない作家でしたが、後にデンマークに留学したときに『嘘つき』を読んでとても心に残ったのを覚えています。『デンマーク語で四季を読む』(2014:渓水社)の中に短編 ”Roden”(「根っこ」)を収録しています。決して読みやすい作品ではありませんが、やはり人間の実存について深く考えさせられる作品だと思います。

映画Løgneren(1970)

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